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2007年5月29日 (火)

「行商人ネモ」歌!!その1

「行商人ネモ」も、もう後半戦ですね。 私は、先週の公演は見に行けませんでしたが、6月に入り、再び見に行く予定です(^o^)   

行商人ネモ」の世界は、恐ろしいほどまでに狭い世界です。一つの衣料会社が、買収され、その商品であるズボンとその会社で過ごした時間を大事に大事にしている男の物語です。その狭い狭い世界の中に、心、情、力、怒り、涙、笑い、臭い、が渦を巻いて世界が無限に広がっています。 今の自分は、こんなにも小さな世界で過ごし、こだわり生きているけど、そこに潜行していけば無限に広がって渦を巻き、吹き出しちゃうんだぞ!!!みたいな・・・・・私ごときに言葉にできれば、芝居はいらない。まして唐さんの芝居、見ないことには始まらない。  圧倒的な力を持った台詞、詩情、幾重にも重ねられた物語、すさまじい存在感を放つ役者陣の、唐組の芝居を見なければ、人生の損!!! さあ、今週末も紅テントに!!! 

で、お待ちかね、舞台の唐さん、梅軒さん、稲荷さんの歌のシーン、です。(windows media player で再生できます。) 頭がちょいと切れてますのは、ご勘弁を。 私は、これを聞くと、ちょっと切ない思いと不思議なほどのから元気が盛り上がってきます。 舞台を見ていない方は、十分ご了解の上でご覧ください。  舞台を見た方は、これを見るとどうしてもまた「行商人ネモ」を見たくなると思いますよ。(^^;)

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2007年5月24日 (木)

「紙芝居の絵の町で」を思い出して

先日の金土日、「行商人ネモ」は、水戸への行商の旅でしたね。 行商は、買う人のところにやってくるわけですが、私は旅だった行商人を水戸へと追いかけて、日曜に見てきました。 日曜日は、やや観客は少なめでしたが、それでも紅テントの中はいっぱい。 舞台としては落ち着いた感じで、物語と詩情にあふれる言葉の数々が、耳に入り込んでくる感じでした。 もちろん、舞台を埋める緊張感は相変わらず圧倒的なものがあります。

ところで、「紙芝居の絵の町で」をごらんになった常連の方から、すてきな一文の載った小冊子をいただきました。 とてもすてきな一文でありましたので、ご本人のご了解もいただき、ここにご紹介させていただきます。 原文は、縦書きでありまして、そのことが少しイメージを変えてしまうかもしれません。 下の写真は、私の撮影したものです。 ネモのメイルストロームに巻き込まれている皆さん、しばし、「紙芝居の絵の町で」の世界にもどる旅にお出かけくださいませ。 

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絵を、縫え!

   ――唐十郎戯曲『紙芝居の絵の町で』を読む

              

                   新井高子

 春曇りの先日、青梅へ行った。JRの駅からほど近い旧青梅街道沿いの商店街は、まだ和装が盛んだった頃の影を宿して、呉服屋や洗張り屋、蛇の目をかざった傘屋、草履屋だったころの並べ方そのままの履物屋など、昭和半ば頃までの雰囲気が濃厚に残されていたが、この通りや駅の構内には、その時代の映画看板が至るところに掲げられてもいる。今、ここは、絵看板の町なのだ。これをずっと見たいと思っていた。唐十郎の戯曲『紙芝居の絵の町で』では、群青色に特にこだわって、青梅の映画看板を描く多血漢の絵師、群青疾風が登場する。

 2006年春の唐組は、新作書き下ろし作品『紙芝居の絵の町で』を上演した。これは、唐がこれまで書いた数多くの戯曲の中でも、かなり異色な、野心作であったと私は思う。その斬新さを一言でいうなら、劇構造そのものに紙芝居をのり移らせた、「紙芝居構造演劇」とでもいうべき筆の力技であった。幼い頃から紙芝居をこよなく愛する唐十郎は、「芝居をしたり、本を書いたりしていて忘れられないのは、ものなり、他人との出会い方の私の原点として、紙芝居がある」と言う。唐は、その逆巻くセリフの力によって、登場する人物一人一人に、「心の絵」、つまり言葉で紡いだ心象の絵を背負わせ、あたかも紙芝居屋が絵をスパっと引きぬくときの手つきのように、いくつもの「絵」を劇空間に交差させ、展開させる。こんな埒外な戯曲構成を、サラリと書きのけてしまうところに、「紅テント・ルネッサンス」とも言われる劇作家の、昨今の好調さがあるのだろう。

 物語の中心、というか、最も現実的なあらすじは、落ちぶれ老いた紙芝居作者、情夜涙子が、その介護師を騙ることもある、名義詐称、つまり名前を使った詐欺の悪徳金融業者、ネンネコ社に利用されて、その罪をなすり付けられ逮捕されたものの、情夜を心底慕っているコンタクトレンズ売りの牧村真吾やホカ弁屋の染井るいこのおかげで、なんとか刑務所から戻ることができる、というものだ。

 けれど、ほかの戯曲もそうなのだが、迷宮使いの唐十郎は、劇の物語の筋を決して単線にはしない。一枚一枚の具体的な紙芝居の絵や絵看板の絵を、登場人物の心の真ん中にすわる「心の絵」に重ねたり、また、登場人物の名前を、その者を語る重要な言葉の絵に置きかえたりすることによって、また別の、メタレベルの物語を紡ぐ。だから、先ほど書いた物語は、布の裏地を見るように翻すならば、ある強烈な心象の絵を持ってしまった、持つことができた人たちが、その絵のルーツを探るため、いつしか絵の集積地、すなわち「紙芝居の絵の町」に入り込み、生身の肉体を傷つけるほど絵泥棒らと激しくやり合い、絵の中と外の境界裁判の果てに、紙芝居の絵の町から何処かへ抜け出す、というメタ物語にもなっている。

 こんなふうに筋を複線化してねじり合わせ、劇を多層に作ってしまうだけでも、私はかなり圧倒されるのだが、ここもまだ、踏み台であった。

 おそらく唐が最も書きたかったことは、さらにメタレベルにあって、それは「心とは紙芝居である」というようなことを、劇構造そのものによって、提示することではなかったか。

 この場合の「心」とは、もちろん感情だけを指しているのでない。感情、記憶、希望、妄想や連想、それらをぜんぶ引っくるめる、心象の動きの総体が「心」である。それぞれの登場人物は、「心の絵」を背負っていると書いたが、その「絵」とは、忘れられない思い出の一瞬であるだけでなく、何らかの取っ掛かりのためにどうしても逃れられなくなったり、どうしてもその訳を知りたくなってしまったりした、心の突起物で、だからやむにやまれぬ「使命」と言ったほうがふさわしい。よって、その絵は、過去だけではなくて、現在にも、未来にも通じている。傍目からすれば、なぜにそこまで?、と問いたくなるほど偏執狂的に、それぞれの登場人物は「心の絵」、大して価値がありそうにない片隅の、でも、当人にはかけがえがないらしい心象の絵に執着し、そして、行動する。劇中、具体的に、それが「モノ」として表されるときには、雑誌に印刷された絵の端切れや、ソースがかかって汚れてしまった古い紙芝居の絵であったりするのだが…。実は、私は、この姿にひどく共感してしまった。だって、ほとんど理由はないのに、それでも突き動かされる使命みたいなものを感じて、小さな詩の雑誌を百号ちかく続けてしまっている自分に、何だかよく似ていたから…。

 閑話休題。唐が書きたかったことは、「心とは紙芝居である」ことを、劇構造そのものによって表すことではなかったか。唐は、あるエッセイの中でこのように書いている。「一枚の絵が目の前に立ちはだかり、それを黙ってみておりますと、その絵を媒介として、いろいろなイメージがふわりと頭のなかに展開してくる、何かイメージを試されている感じに充足し、それが何なのかを反芻しているうちに、イメージの脈絡がつかめてくる、紙芝居は私にとって遊戯の重要なモメントでありました」。つまり、それぞれの登場人物にセリフの絵を背負わせ、現代版・紙芝居構造演劇を立ち上げることによって、唐十郎は、紙芝居という自らの思考の原点のたたずまいを、説明ではなく、劇構造そのものとして、観客に届けようとしたのではないか。

 劇中、それぞれの登場人物がバラバラに持っている絵を繋ぎ合わせる、縫い合わせるものとして、「夜の目」が登場する。「夜の目」は悪戦苦闘する。それぞれの絵はあまりにバラバラなのだから。それは、当初は、動物の二つの目が大きく描かれた一枚の紙芝居絵として舞台奥に控えていたが、やがてスネークルビーという別称を持った紅玉の指輪になって絵から飛び出し、つまり「モノ」化して、いろいろな人物の間でとったりとられたりを繰り返す。まとまりそうにない絵たちの間を、かろうじて縫い合わせる糸、ぎりぎりで脈絡を浮上させる糸の針が「夜の目」であり、この戯曲がもっとも言いたがっていることとは、おそらく、「縫い合わせられそうにないものを、だからこそ、縫え!」ということだと思う。そして、どうしてそこまで縫い合わせに固執するかというと、それは「使い捨て」にしないため…。繋げることができなければ、それらは、使い捨てになってしまうのだから、と。

 ところで、「夜の目」とは何だろう。例えば、今、私の机の上には、ヘアピンが一本ある。ごく普通の、五センチくらいの黒いヘアピンだ。原稿を書きながら髪がつれるように感じて、さっき取ってしまったのだ。その周りに視点を移せば、ほうじ茶が少し残っている湯呑み、頭の汚れた消しゴムがあるが、たぶん、そう見るのは「昼の目」なんだろう。「夜の目」とは、黙って何かを凝視する目で、もしヘアピンだけをずっと見ているなら、先日の旅行中、これをなくして髪がほつれ困ってしまったこととか、何年か前の厄除けの時、境内に一本落としてきたこととか、これは「ピン止め」なのか「鬢止め」なのか、小学校の先生と議論し合ったこととか、母の鏡台に、抜毛の挟まったヘアピンが散乱していたこと、そこに漂うヘアトニックと頭皮の油の入り混じった匂いとか…。ずっと見ていると、いろいろなことが湧いてくる。それらを映す印象的な光景の記憶といっしょに。たぶん、そんなものを手繰ってくる眼差しが、「夜の目」の入り口なんだろうと思う。

 舞台上、ひときわ美しい小道具として「思い出瓶」がある。それは、情夜涙子が使った、半年分の使い捨てコンタクトレンズのたまり瓶だ。使い捨てにするべきものを捨てられなくて、梅酒を漬ける瓶のようなものに、消毒塩水といっしょに、小さくて透明な一枚、一枚が保存され、きらきら浮かんだり沈んだりしている。「一日見たものの中で、今日は、一番、このことが忘れられないから、この一幅の絵面を刻んでおこうなんて、人の気持と共に生き、そして一剥がしのゴミ箱行きです。一幅の絵はどうなんですか?」とか「この一枚瞳のコンタクトが、今見ているものを映し取った、…小さな絵だよ」というセリフがあるが、一つ一つの心象を映し取った、題名のない絵の集合体として、その瓶はある。あぁ、これは「唐版・玉手箱」だな、と私は思った。記憶の瓶詰めは、時間の瓶詰めでもあろうから。劇中、その塩水を飲んだ牧村と染井は、次の幕では「紙芝居の絵の町」、四次元であるような、ないような…、現実の時間の束縛から離れた、摩訶不思議な町に入り込みもする。

 時間論の理念モデルとしては、直線型や円環型、螺旋型などがあるけれども、唐は、その斬新な理念モデルとして「紙芝居型」を提示したように思えてならない。それは、単にバラバラの絵の散らばりではない。紙芝居の絵が語り手の声によって繋がれているように、これは、絵を糸で縫おうとする。ジグザグな、数珠つなぎの絵たちだ。

 終幕、屋台崩しによって、紙芝居の絵の町と外の町を縫う糸が長く引かれて、劇は放たれるのだが、この芝居は、モノも時間も使い捨てにしてばかりで、過去も未来も、歴史も理想も、失ってしまっている現代の状況に対し、唐十郎が投げてよこした、糸付きの飛礫と言っていいと思う。紙芝居型の、稀有な思想劇であった。

 まさしく群雄割拠の唐組役者陣は、その一枚、一枚の「心の絵」を、いとも鮮やかに演じきっていた。何度見ても、もっと見ていたい気がした。

*『紙芝居の絵の町で』の戯曲は、下記所収。

 『KAWADE道の手帖 唐十郎 紅テント・ルネッサ

 ンス!』河出書房新社

 唐の最新エッセイ集は、『劇的痙攣』岩波書店。

         (初出・詩誌「ミて」95号)

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2007年5月17日 (木)

若手

今日は、「行商人ネモ」若手役者陣の写真です。 なかなかどうして、みんないい顔してますよ。 もし、写ってない若手の方いたらすいません。<(_ _)> 

えっ、一人若手じゃないって? いえいえ、魂は誰よりも若いです!!。(^^;)

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2007年5月13日 (日)

今日も(^^)/

今日も、「行商人ネモ」見てきます。(^^)/

3回目です。  サイト更新が遅くてすいません。

この舞台傑作ですよー。 何度も見ないと後悔しますよ!!  

さあ、今夜も紅テントへ!!

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2007年5月 6日 (日)

「行商人ネモ」東京初日!!

*下には、舞台写真が掲載されてますので、舞台を見る前に写真を見たくない方はご注意ください!!!!!!!

ついに、ついに、「行商人ネモ」見てきました。

自虐と滑稽と切なさとが複雑に折り重なったメイルストロームの唐ワールドを、最高の役者陣が凝縮した舞台空間を、観客に、これでもかと放ち圧倒してきます。

夜光は、興奮と打ち上げのお酒で夜は爆睡してしまって、朝、出勤前の投稿なので、多くは掲載できませんが、写真を掲載します。 前回公演よりまして、さらに強力な役者陣の表情に釘付けになってください!!!  そして、今夜、花園へ来てください!!!!

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